キリストの平和教会

2017年8月27日 マルコの福音書第11章20節~25節「神の真実(まこと)を祈る」(岩本遠億牧師)

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2019年10月20日「『私』ではなく『私たち』」マタイの福音書第6章9節〜13節 岩本遠億牧師
『天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。』マタイの福音書 6章9~13節 ○私たちの父よ   ×私の父よ 「私たちの天の父」という言葉によって思い浮かぶ人 =あなたによって神の国がもたらされる人 マタイの福音書 5章23~24節 “ですから、祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。”  ネヘミヤ記 1章4~7節 “このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。「ああ、天の神、主よ。大いなる恐るべき神よ。主を愛し、主の命令を守る者に対して、契約を守り、恵みを下さる方よ。どうか、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエルの子らのために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエルの子らの罪を告白しています。まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。私たちはあなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった、命令も掟も定めも守りませんでした。” 「だれかが弱くなっているときに、私は弱くならないでしょうか。だれかがつまずいていて、私は心が激しく痛まないでしょうか。」 コリント人への手紙 第二 11章29節 ヨハネの福音書 17章20~23節 “わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです。またわたしは、あなたが下さった栄光を彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしは彼らのうちにいて、あなたはわたしのうちにおられます。彼らが完全に一つになるためです。また、あなたがわたしを遣わされたことと、わたしを愛されたように彼らも愛されたことを、世が知るためです。” 御名が聖なるものとされますように。 神の御名は私たちが祈らなくても「聖」。なぜ、このように祈ることを教えられたのか? マザー・テレサの」祈り 『自分より他人を』 「主よ、私が空腹を覚えるとき、パンを分ける相手に出会わせてください。 のどが渇くとき、飲み物を分ける相手に出会えますように。 寒さを感じるとき、暖めてあげる相手に出会わせてください。 不愉快になるとき、喜ばせる相手に出会えますように。 私の十字架が重く感じられるとき、だれかの重荷を背負ってあげられますように。 貧しくなるとき、貧しい人に出会わせてください。 ひまがなくなるとき、時間を割いてあげる相手に出会えますように。 私が屈辱を味わうとき、だれかを褒めてあげられますように。 気が滅入るとき、だれかを力づけてあげられますように。 理解してもらいたいとき、理解してあげる相手に出会えますように。 かまってもらいたいとき、かまってあげる相手に出会わせてください。 私が自分のことしか頭にないとき、私の関心が他人にも向きますように。 空腹と貧困の中に生き、そして死んでいく世の兄弟姉妹に奉仕するに値する者となれますように。 主よ、私をお助けください。 主よ、私たちの手をとおして日ごとのパンを今日彼らにお与えください。 私たちの思いやりをとおして、 主よ、彼らに平和と喜びを与えください。」
20:47
October 20, 2019
2019年10月6日「神様のとの秘密 その2」マタイの福音書第6章5節〜8節 岩本遠億牧師
また、祈るとき偽善者たちのようであってはいけません。彼らは人々に見えるように、会堂や大通りの角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているのです。あなたが祈るときは、家の奥の自分の部屋に入りなさい。そして戸を閉めて、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたところで見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。また、祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。マタイの福音書 6章5~8節 当時のイスラエル人の義務 =宗教的義務=義(善行) 1.施し 2.祈り 3.断食 主イエスご自身も施しを推奨し、祈り、断食を行われた。 何を問題となさったのか? 会堂や通りで、多くの人に見えるように祈る。 =人に認めてもらいたいという気持ち、自分で自分を褒めたい気持ちが入り込む 人に「立派だ」「素晴らしい」と言われる 自分で自分に「良くやった」と言う →自分の報いを受けてしまっている →天におられるあなたがたの父の報いを受けられない 第一神殿以前: 幕屋における礼拝と個人個人の祈り 第一神殿時代(紀元前10世紀〜紀元前6世紀) 人々は律法を軽視 預言者の言葉:律法を守らないイスラエルの民に対する警告が中心 各地で異教の神への礼拝が横行 →エルサレム神殿だけでの礼拝を推進 第二神殿時代(バビロン捕囚(紀元前6世紀)以降) 人々は律法を遵守 預言者の言葉:律法を守るとは如何なることかとの議論が中心 →パリサイ派が会堂や家庭での礼拝を推進 イエス時代の祈り 公の祈り:神殿、会堂 「シェマーの祈り」が特に重んじられた。 「聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」申命記6:4 個人の祈り: 会堂での公の祈りに個人の祈りを加える。 街角に立って個人やグループの祈りを祈る。 問題:神様との個人的親密な関係の欠如 パリサイ派     ・主流派 「神よ」「主よ」と呼びかける。          自分の祈りによって奇跡が起こると信じていない。     ・敬虔派(ハシディーム)「我が父」「天の父」と呼びかける。          天の父が祈りに答えて奇跡を起こしてくれると信じている。 S・サフライ『キリスト教成立の背景としてのユダヤ教世界』 「天におられるあなたの父」 →イエスが敬虔派ハシディームの学者であったことは間違いがない。 「天の父との親密な関係」・・・祈りの前提          ↓      他者は関係ない      他者は父と子の関係の中に立ち入れない          ↓      人が見ていないところで祈れ      「自分の部屋」=納屋、物置 「神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは『アバ、父』と叫びます。」ローマ人への手紙 8章14~15節       「また、祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。 ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。」 異邦人の祈り:無意味な音の連続をいくつも試し、有効な組み合わせから呪文を作る。 「あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。」エペソ人への手紙 6章18節 「まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしを信じる者は、わたしが行うわざを行い、さらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげます。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしがそれをしてあげます。」    ヨハネの福音書 14章12~14節 ・キリストの名代として祈る
27:55
October 6, 2019
2019年9月29日「神様との秘密 その1」マタイの福音書第6章1節〜4節 岩本遠億牧師
 人に見せるために人前で善行(義)をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いを受けられません。  ですから、施しをするとき、偽善者たちが人にほめてもらおうと会堂や通りでするように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているのです。  あなたが施しをするときは、右の手がしていることを左の手に知られないようにしなさい。 あなたの施しが、隠れたところにあるようにするためです。そうすれば、隠れたところで見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。 マタイの福音書 6章1~4節 ********************* 二人だけの秘密とは? 「ここに来たことは二人だけの秘密だよ」 「この秘密基地のことは、二人だけの秘密だ」 二人は特別な関係 他の何ものも間に入れない強い関係 当時のイスラエル人の義務 =宗教的義務=義(善行) 1.施し 2.祈り 3.断食 主イエスご自身も施しを推奨し、祈り、断食を行われた。 何を問題となさったのか? 会堂や通りで、多くの人に見えるように施しをする。 =人に認めてもらいたいという気持ちが入り込む 人に「立派だ」「素晴らしい」と言われる →自分の報いを受けてしまっている →天におられるあなたがたの父の報いを受けられない キリスト教会は、何故、キリストのこの警告を2000年間、無視し続けるのか? あなたが施しをするときは、右の手がしていることを左の手に知られないようにしなさい。 =自分で自分を敬虔と認めてやりたいという気持ちが入り込まないようにせよ。 自分の行為で自分を認めたい =目は自分を向いている 理想の行為ができない自分を誇れない =目は自分を向いている        ↑      両者は同一基準、同一線上を動いている 隠れたところで見ておられるあなたがたの天の父 あなたがたの施しが隠れたものとなる →あなたがたの施し、愛の業が天の父の宝物となる その宝物を天の父とあなただけの秘密とせよ。 天の父とあなたの関係は、二人だけの秘密の関係 主イエスが与えてくださった、この救い、この喜び、この命、この秘密の関係の中で、自分の業、自分という思いすら、消えていく。自分が何もしていないことに気づく。 しずけき夕べの【賛美歌48】 1.しずけき夕べの しらべに寄せて   歌わせたまえ  父なる神よ 2.日かげもやすろう 頃にしあれば   父にぞゆだねん  今日まきしたねを 3.みにくき者の  いろもかたちも   見えずなりゆく 時は来にけり 4.日ごと我がなす 愛の業をも   人に知らさず かくしたまいね 5.鳥はねぐらに 人は家路に   かえる夕べこそ いとしずかなれ 6.神よ この世の 旅路おわらば   わがふるさとに 憩わせたまえ
29:31
September 29, 2019
2019年9月15日「私たちを完成する愛」マタイの福音書第5章43節〜48節
『あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎め』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。父はご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。自分を愛してくれる人を愛したとしても、あなたがたに何の報いがあるでしょうか。取税人でも同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたとしても、どれだけまさったことをしたことになるでしょうか。異邦人でも同じことをしているではありませんか。ですから、あなたがたの天の父が完全であるように、完全でありなさい。マタイの福音書 5章43~48節 意志によってコントロールできる行為と できない行為 ○食べる、歩く、走る ✕失神する、躓く、目覚める、老いる 「完全である」「敵を愛する」「迫害する者のために祈る」 は自分でコントロールできるか? 意志によってコントロールできる行為の命令形 →命令の意味 意志によってコントロールできない行為の命令形 →人の場合、願いや呪い 「雨、雨、降れ、降れ」・・・降るかどうか分からない 「明日天気にな〜れ」・・・天気になるかならないか分からない 全能の神による命令→必ず実現する 「あなたがたの天の父が完全であられるよう、あなたがたも完全であれ!」→必ず完全になる 「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れ。天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。」 自分を迫害する者のために何度祈れば良いのか? 1回か?10回か?100回か? 99回は祈れたが、1回は祈れなかった人。 99回は祈れたなかったが、1回祈れた人。 どちらが神の子になれるのか? 昨日は祈れたが、今日は祈れなかった人は神の子になれるのか?                    ↑    根本的な前提と理解の誤り 人間の祈りという行為によっては神の子になれない 「天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。」 前提:あなたがたはこの方の子供である 天におられるあなたがたの父は、敵を愛し、迫害する者のために祈る愛の方だ。愛そのものだ。あなたがたはこの愛に満たされ、父に似た者となる。 天の父はどのようなお方か? 「父は、ご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。」 父なる神の愛=良し悪しを超えた愛            感情を超えた愛 命の根源 人間の愛・・・自分の都合によって左右される 父の本質である「この愛」に満たされ、この愛が君たちの内面を支配するようになる →「この愛」が、君たちの中で敵を愛し、迫害する者のために祈るようになる。 主イエスは、これをご自分の生涯において実証なさった。 主イエスは、ご自分を十字架に釘付けする者たちのために祈り続けられた。主イエスの中に満ちていた「この愛」が十字架の苦しみにおいて自己を現した。 「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全であれ。」 自分の祈りという行為によって完全となるのではない。自分の愛の行為が自分を完全にするのでもない。 父なる神様の中に満ち満ちていた愛という実体、すなわち、父なる神様ご自身が、私たちの中に入ってきて、私たちを完全な者とする。 私たちが祈り得ない祈りを、聖霊が私たちの中で祈ってくださる。 神様ご自身がそうすると約束。 「同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったら良いか分からないのですが、御霊ご自身が、言葉にならない呻きを持って、とりなしてくださるのです。」ローマ8:26 初代教会時代の伝道者ステパノ 最初の殉教者、この門外で殉教 神殿礼拝主義を否定 神がお住みになるのは、人である。 人こそ神殿である。 「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」 →人々は殺到して、ステパノを石打ちにして殺した。 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで言った。「主イエスよ、私の霊を受けてください。」そして、ひざまずいて大声で叫んだ。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、彼は眠りについた。 主イエスの十字架の祈り 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのか分からないのです。」 主イエスの御霊ご自身がステパノの中にいて、ステパノを主イエスに似た者とした。 私たちの祈り=聖霊に満たしてください。聖霊よ。私たちを満たし、私たちの内側で、私たちの祈り得ない祈りを祈ってください。 第二コリント3:17-18 「主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」
26:27
September 15, 2019
2019年9月8日「卑しめられることを恐るな」マタイの福音書第5章38節〜48節 岩本遠億
卑しめられることを恐るな マタイの福音書第5章38節〜42節 岩本遠億牧師 2019年9月8日 『目には目を、歯には歯を』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つ者には左の頬も向けなさい。あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着も取らせなさい。あなたに一ミリオン行くように強いる者がいれば、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。借りようとする者に背を向けてはいけません。マタイの福音書 5章38~42節 「目には目を、歯には歯を」 同態復讐法:復讐合戦を食い止める法的知恵=倍返しの禁止 当時すでに金銭賠償が行われていた 右の頬を