キリストの平和教会

2019年2月3日「神は人を信じ抜く」岩本遠億牧師 マタイの福音書第26章31節〜46節ほか

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2019年8月4日「一人を愛し抜く」マタイの福音書第5章27節〜32節 岩本遠億牧師
ただ一人を愛し抜く マタイの福音書第5章27節〜32節 岩本遠億牧師 2019年8月4日 “『姦淫してはならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。情欲を抱いて女を見る者はだれでも、心の中ですでに姦淫を犯したのです。もし右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨てなさい。からだの一部を失っても、全身がゲヘナに投げ込まれないほうがよいのです。もし右の手があなたをつまずかせるなら、切って捨てなさい。からだの一部を失っても、全身がゲヘナに落ちないほうがよいのです。また『妻を離縁する者は離縁状を与えよ』と言われていました。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも、淫らな行い以外の理由で自分の妻を離縁する者は、妻に姦淫を犯させることになります。また、離縁された女と結婚すれば、姦淫を犯すことになるのです。”マタイの福音書 5章27~32節聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 聖書の言葉は、その時代、その地域・社会の中で語られた。時代と地域社会というコンテキストを無視して聖書を読む →聖書が意図しない倫理観を生み出す この箇所についての誤解 ➢性欲の否定 ➢他人の妻・婚約者を対象とした性欲に焦点 イエス・キリストの教えは、具体的。 ◇当時のイスラエルの社会悪を糾弾している。 “人が他人の妻と姦淫したなら、すなわち自分の隣人の妻と姦淫したなら、その姦淫した男も女も必ず殺されなければならない。”レビ記 20章10節聖書 新改訳 結婚に関する当時の社会悪 離縁する権利があったのは男性だけ 申命記24:1 人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる。 パリサイ派の律法学者:二つの見解 1.妻が性的な不道徳を犯した場合のみ離縁できる 2.料理を失敗したとか、他の男性と話しをするなど些細な理由   ラビ・アキバ 「妻が気に入らなくなったら離縁できる」 多くの人が第二の見解を受け入れる マタイの福音書 19章3~10節 パリサイ人たちがみもとに来て、イエスを試みるために言った。「何か理由があれば、妻を離縁することは律法にかなっているでしょうか。」イエスは答えられた。「あなたがたは読んだことがないのですか。創造者ははじめの時から『男と女に彼らを創造され』ました。そして、『それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである』と言われました。ですから、彼らはもはやふたりではなく一体なのです。そういうわけで、神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。」彼らはイエスに言った。「それでは、なぜモーセは離縁状を渡して妻を離縁せよと命じたのですか。」イエスは彼らに言われた。「モーセは、あなたがたの心が頑ななので、あなたがたに妻を離縁することを許したのです。しかし、はじめの時からそうだったのではありません。あなたがたに言います。だれでも、淫らな行い以外の理由で自分の妻を離縁し、別の女を妻とする者は、姦淫を犯すことになるのです。」弟子たちはイエスに言った。「もし夫と妻の関係がそのようなものなら、結婚しないほうがましです。」” マラキ書 2章13~16節 あなたがたはもう一つのことをしている。あなたがたは、涙と悲鳴と嘆きで、主の祭壇をおおっている。主が、もうささげ物を顧みず、あなたがたの手からそれを喜んで受け取られないからだ。「それはなぜなのか」とあなたがたは言う。それは主が、あなたとあなたの若いときの妻との証人であり、あなたがその妻を裏切ったからだ。彼女はあなたの伴侶であり、あなたの契約の妻であるのに。神は人を一体に造られたのではないか。そこには、霊の残りがある。その一体の人は何を求めるのか。神の子孫ではないか。あなたがたは、自分の霊に注意せよ。あなたの若いときの妻を裏切ってはならない。「妻を憎んで離婚するなら、──イスラエルの神、主は言われる──暴虐がその者の衣をおおう。──万軍の主は言われる。」あなたがたは自分の霊に注意せよ。裏切ってはならない。” 離婚された女性=生産手段を持たない ⇒他の男性と再婚、あるいは、身を売るしかない マタイの福音書 21章31~32節 「まことに、あなたがたに言います。取税人たちや遊女たちが、あなたがたより先に神の国に入ります。なぜなら、ヨハネがあなたがたのところに来て義の道を示したのに、あなたがたは信じず、取税人たちや遊女たちは信じたからです。あなたがたはそれを見ても、後で思い直して信じることをしませんでした。” “イエスは答えられた。「この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」”ヨハネの福音書 4章13~14節聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 何故、姦淫は死刑になるほどの罪なのか? 複数の人との性交渉=複数の神礼拝と直結 ただ一人の人を愛し抜く=ただ一人の神を愛し抜く 人には心は一つしかない→愛せる対象は一人 ソロモン王   300人の妻と700人の側女              ↓          主を捨て偶像崇拝者へと              ↓          イスラエル王国滅亡への道 「聞け、イスラエルよ。主はただ一人の神である。あなたは、心を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして主なるあなたの神を愛せよ。」 ただ一人の人を愛し抜く=ただ一人の神を愛し抜くことを知る 旧約の預言者ホセア ゴメルは恋人の後を追い、姦淫を犯し恋人の子供を産む          ↓ 主からの言葉 「姦淫の女と姦淫の子等を引き取れ」          ↓ ホセアの妻となるゴメル          ↓ ホセアから離れ、姦淫を犯し続け、ついに奴隷とされ、偶像の神殿で参拝者に体を提供          ↓ 主の言葉「再び行って、姦淫の妻を引き取れ」          ↓ 銀15枚(女性の奴隷を買い取る金額)でゴメルを身請けし、救い出す          ↓ 神様の変わらぬ愛とは何かを知る サマリアの女 4人の男性と結婚→幸せになれない 今は別の人と同棲生活 異性によっては心の奥の奥の渇きは満たされない “イエスは答えられた。「この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」”ヨハネの福音書 4章13~14節”しかし、まことの礼拝者たちが、御霊と真理によって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はそのような人たちを、ご自分を礼拝する者として求めておられるのです。神は霊ですから、神を礼拝する人は、御霊と真理によって礼拝しなければなりません。」”ヨハネの福音書 4章23~24節
30:31
August 4, 2019
2019年7月28日「激しい言葉から守られて」マタイの福音書第5章21節〜26節 岩本遠億牧師
激しい言葉から守られて マタイの福音書第5章21節〜26節 岩本遠億牧師 2019年7月28日 “昔の人々に対して、『殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさばきを受けなければなりません(裁きを免れることはできない)。兄弟に『ばか者』と言う者は最高法院でさばかれます。『愚か者』と言う者は火の燃えるゲヘナに投げ込まれます。 ですから、祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。 あなたを訴える人とは、一緒に行く途中で早く和解しなさい。そうでないと、訴える人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれることになります。まことに、あなたに言います。最後の一コドラントを支払うまで、そこから決して出ることはできません。“ マタイの福音書 5章21~26節 地の塩、世の光とは、神の言葉によって神の灯火を心に与えられた者。       ↓ どのように神の言葉を聞き取っていくのか?       ↓ 私たちはどう生きるのか? あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません。 天の御国 ✕死んでから行く天国 ○この地に行われる神の支配 ➡︎あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたはこの地で行われる神の支配の祝福に決して関わることができない。 怒る→裁きを受けなければならない 兄弟に『ばか者』と言う→最高法院で裁かれる 『愚か者』と言う→火の燃えるゲヘナに投げ込まれる 一般の理解:心の中の怒りは殺人と同じ罪      誰でも怒ったことはある      →誰でも罪びと      →地獄に落とされないためにイエス様を信じましょう 「天の御国に入れません」の理解に問題 “そこで主君は彼を呼びつけて言った。『悪い家来だ。おまえが私に懇願したから、私はおまえの負債をすべて免除してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも自分の仲間をあわれんでやるべきではなかったのか。』こうして、主君(=神様)は怒って、負債をすべて返すまで彼を獄吏たちに引き渡した。” マタイの福音書 18章32~34節 “それで再び、次のように言って別のしもべたちを遣わした。『招待した客にこう言いなさい。「私は食事を用意しました。私の雄牛や肥えた家畜を屠り、何もかも整いました。どうぞ披露宴においでください」と。』ところが彼らは気にもかけず、ある者は自分の畑に、別の者は自分の商売に出て行き、残りの者たちは、王のしもべたちを捕まえて侮辱し、殺してしまった。王(=神様)は怒って軍隊を送り、その人殺しどもを滅ぼして、彼らの町を焼き払った。”                   マタイの福音書 22章4~7節 「怒っても罪を犯してはなりません。」エペソ:4:26 怒れ!しかし、罪を犯すな! 聖書は、怒ること自体を悪、罪とは言っていない。 『愚か者』(moros)と言う →火の燃えるゲヘナに投げ込まれる ゲヘナ:エルサレムのゴミ捨て場、常時火でゴミを燃やし続けていた →地獄のイメージとして定着 “わざわいだ、目の見えない案内人たち。おまえたちは言っている。『だれでも神殿にかけて誓うのであれば、何の義務もない。しかし、神殿の黄金にかけて誓うのであれば、果たす義務がある。』 愚か(moroi)で目の見えない者たち。黄金と、その黄金を聖なるものにする神殿と、どちらが重要なのか。“ マタイの福音書 23章16~17節 イエス・キリスト自身がパリサイ派律法学者たちを「愚か者」と呼んでおられる。 怒ること、人を愚か者と呼ぶこと自体が神に赦されることのない、罪ではない。         ⬇︎ ここで裁き、最高法院(サンへドリン)、ゲヘナの火と言うのは、この世での現実的な裁きを意味する。 では、キリストのここで教えは何か? 弟子たちがこの世の裁きから守られるための知恵を授けている。 キリスト自身は、パリサイ派律法学者たちに「愚か者、目が見えない者」、「災いなるかな!」と激しい言葉を使っておられる。 =神様の怒り、神様の言葉の代弁 →パリサイ派律法学者たちから恨みを買う、命を狙われる →十字架の苦しみに投げ入れられる =人々は、神様の言葉を代弁したキリストを裁き、殺した しかし、弟子たちはその必要はない。 →人の恨みを買うような言葉を使うな →自ら争いを引き起こさず、平和のうちに伝道せよ “ですから、祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。あなたを訴える人とは、一緒に行く途中で早く和解しなさい。そうでないと、訴える人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれることになります。まことに、あなたに言います。最後の一コドラントを支払うまで、そこから決して出ることはできません。     マタイの福音書 5章21~26節
26:45
July 28, 2019
2019年7月21日「言葉の心を知る」マタイの福音書第5章17節〜20節
言葉の心を知る マタイの福音書第5章17節〜20節 岩本遠億牧師 2019年7月21日 “わたしが律法や預言者を廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく成就するために来たのです。まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します。ですから、これらの戒めの最も小さいものを一つでも破り、また破るように人々に教える者は、天の御国で最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを行い、また行うように教える者は天の御国で偉大な者と呼ばれます。わたしはあなたがたに言います。あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません。” マタイの福音書 5章17~20節 地の塩、世の光とは、神の言葉によって神の灯火を心に与えられた者。       ↓ どのように神の言葉を聞き取っていくのか?       ↓ 私たちはどう生きるのか? あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の御国に入れません。 天の御国 ✕死んでから行く天国 ○この地に行われる神の支配 ➡︎あなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、あなたがたはこの地で行われる神の支配の祝福に決して関わることができない。 誰に語られたのか? 幸いなるかな! 心(霊)の貧しい者 深い悲しみの中にある者 低められている者 義に飢え渇く者 憐れみ深い者 心の清い者 平和を造る者 義のために迫害されている者 ➔あなたがたは預言者と同じ者だ。神の言葉を託されている。 心貧しい、霊が貧しいからこそ、深い悲しみの中にあるからこそ、また、低められているからこそ、知ることができる義がある。 では、その「義」とは何か? 聖書における「義」=関係の正しさ ・神様との関係の正しさ ・人との関係の正しさ 神様は、「律法」によって「関係の正しさ」とは何かを示しておられる。    十戒 1〜4:神と人との正しい関係 5〜10:人と人との正しい関係 わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出したあなたの神、主である。あなたには、わたし以外に、ほかの神があってはならない。 あなたは自分のために偶像を造ってはならない。 あなたは、あなたの神、主の名をみだりに口にしてはならない。 安息日を覚えて、これを聖なるものとせよ。 あなたの父と母を敬え。 殺してはならない。 姦淫してはならない。 盗んではならない。 あなたの隣人について、偽りの証言をしてはならない。 あなたの隣人の家を欲してはならない。 十戒を基礎とする613の規定 さらに、律法学者、パリサイ人たちによる多くの細則(口伝律法) 「わたしが律法や預言者を廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく成就するために来たのです。まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。」 キリストの十字架刑の理由 ・安息日主義の否定 ・神殿礼拝主義の否定  ➡︎律法を廃棄しようとする者として処刑 律法を成就/完成/満たすとは何か? キリストの聖書解釈の手法:ミドラッシュ ミドラッシュ:「尋ねる、求める、探す」という語根から派生。 表面の世界の裏側にある、内側の真の状況を明らかにする。 ✕聖句の説明や解説 ○書かれている文字の裏側にある意味や論理(内的意味と傾向)を聖書全体の出来事やその状況を考慮しつつ引き出すこと。手島勲矢「成文律法と口伝律法」 まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します。ですから、これらの戒めの最も小さいものを一つでも破り、また破るように人々に教える者は、天の御国で最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを行い、また行うように教える者は天の御国で偉大な者と呼ばれます。            ↓ その内的意味を基盤に律法を完成する “主は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。” 創世記 6章5~6節 “わたしは彼らに一つの心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。 こうして、彼らはわたしの掟に従って歩み、わたしの定めを守り行う。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。” エゼキエル書 11章19~20節 肉の心=霊の貧しさを知る心、深い悲しみを知る心、低められることを知る心 心貧しい、霊が貧しいからこそ、深い悲しみの中にあるからこそ、また、低められているからこそ、知ることができる義(神様との正しい関係、人との正しい関係)がある。 “雄やぎと雄牛の血や、若い雌牛の灰を汚れた人々に振りかけると、それが聖なるものとする働きをして、からだをきよいものにするのなら、 まして、キリストが傷のないご自分を、とこしえの御霊によって神にお献げになったその血は、どれだけ私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者にすることでしょうか。” ヘブル人への手紙 9章13~14節 “また私たちには、神の家を治める、この偉大な祭司がおられるのですから、 心に血が振りかけられて、邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われ、全き信仰をもって真心から神に近づこうではありませんか。 約束してくださった方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白し続けようではありませんか。” ヘブル人への手紙 10章21~23節 聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 “私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。しかし、もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の前でとりなしてくださる方、義なるイエス・キリストがおられます。 この方こそ、私たちの罪のための、いや、私たちの罪だけでなく、世全体の罪のための宥めのささげ物です。” ヨハネの手紙 第一 2章1~2節 1ヨハネ1:7 しかし、神が光の中におられるように、わたしたちも光の中を歩むなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血は全ての罪から私たちをきよめます。
36:54
July 21, 2019
2019年7月14日「神が灯火を守られる」マタイの福音書第5章13節〜16節 岩本遠億牧師
神が灯火を守られる マタイの福音書第5章13節〜16節 岩本遠億牧師 2019年7月14日 あなたがたは地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気を付けるのでしょうか。もう何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけです。 あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。 ************************************ 「主イエスの愛の手が」作詞・作曲 岩本遠億 主イエスの愛の手が  この地を包む 一羽の雀さえ  主は 守られる 傷ついた葦を  折ることなく  ほの暗いほのお  消すことなく 主は地に造られる  神の国を この地に満たされる 神の国を ************************************** ○あなたがたは地の塩である。世の光である。 ×地の塩になれ。世の光になれ。 ×地の塩になるだろう。世の光になるだろう。 ×地の塩、世の光になるために、こうしろ。 誰に語られたのか? 幸いなるかな! 心(霊)の貧しい者 深い悲しみの中にある者 低められている者 義に飢え渇く者 憐れみ深い者 心の清い者 平和を造る者 義のために迫害されている者 ➔あなたがたは預言者と同じ者だ。神の言葉を託されている。 地の塩 死海沿岸=豊富な塩の産出地 庶民が使っていた塩:砂などを含む純度の低い塩 塩が塩気をなくす=砂や泥だけになってしまう         ➡︎塩としての働きができない 心の貧しさを知らない者、悲しみを知らない者、低められることを知らない者、神の救いを必要としない者、倒れている人を見ても何とも思わない者、清められることを求めなくなった者、平和を求めない者、神の義と共に生きることを望まない者。 聖書における塩の意味とは何か? ・全焼の捧げ物に不可欠のもの “主はモーセに言われた。「あなたは香料のナタフ香、シェヘレテ香、ヘルベナ香と純粋な乳香を取れ。これらは、それぞれ同じ量でなければならない。これをもって、調香の技法を凝らして調合された、塩気のある、きよい、聖なる香を作れ。」”               出エジプト記 30章34~35節 “穀物のささげ物はみな、塩で味をつけなさい。穀物のささげ物に、あなたの神の契約の塩を欠かしてはならない。あなたのどのささげ物も、塩をかけて献げなければならない。”                    レビ記 2章13節 “イスラエルの子らが主に献げる聖なる奉納物をみな、わたしは、あなたと、あなたとともにいる息子たちと娘たちに与えて、永遠の割り当てとする。それは、主の前にあって、あなたとあなたの子孫に対する永遠の塩の契約となる。」”            民数記 18章19節 “罪を除き終えたら、傷のない若い雄牛と、群れのうちの傷のない雄羊を献げる。それらを主の前に献げ、祭司たちがそれらの上に塩をまき、全焼のささげ物として主に献げる。” エゼキエル書 43章23~24節 全焼の捧げ物=神が民に臨む礼拝を意味する ➔塩がなければ、礼拝とならない üあなたがたがいるから、礼拝が全うされる。 ・あなたがたこそ、人と神を繋ぐ者だ。 “あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。また、明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。” マタイの福音書 5章14~16節 ○あなたがたはランプの光だ ✕あなたがたは太陽だ ✕あなたがたは月だ ○暗闇を照らす光 どんなに弱い光でも、そこに神の臨在があることを示す。 油がなくなれば、消えてしまう 強風で消えてしまう ➔灯火を守られる神 “「見よ。わたしが支えるわたしのしもべ、わたしの心が喜ぶ、わたしの選んだ者。わたしは彼の上にわたしの霊を授け、彼は国々にさばきを行う。彼は叫ばず、言い争わず、通りでその声を聞かせない。傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともなく、真実をもってさばきを執り行う。衰えず、くじけることなく、ついには地にさばきを確立する。島々もそのおしえを待ち望む。」” イザヤ書 42章1~4節 “「人はみな、火によって塩気をつけられます。塩は良いものです。しかし、塩に塩気がなくなったら、あなたがたは何によってそれに味をつけるでしょうか。あなたがたは自分自身のうちに塩気を保ち、互いに平和に過ごしなさい。」” マルコの福音書 9章49~50節 “二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」” ルカの福音書 24章32節 “私が、『主のことばは宣べ伝えない。もう御名によっては語らない』と思っても、主のことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて、燃えさかる火のようになり、私は内にしまっておくのに耐えられません。もうできません。” エレミヤ書 20章9節  “この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。” ヨハネの福音書 1章4~5節 “イエスは再び人々に語られた。「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。」” ヨハネの福音書 8章12節 
42:35
July 14, 2019
2019年7月7日「アウトサイダーとして生きる」マタイの福音書第5章10節〜12節 岩本遠億牧師
アウトサイダーとして生きる マタイの福音書第5章10節〜12節 岩本遠億牧師 “義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。大いに喜びなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのですから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々は同じように迫害したのです。”マタイの福音書 5章10~12節 「義のために迫害されている(されてきた)者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」 聖書における「義」 =関係の正しさ =神と人の関係の正しさ ➡︎誰でもキリストの内にあるなら、その人は新しく作られた者です。(IIコリント5:17) ➡︎この世の価値観、この世を支配する悪霊に従わない者に 神と人との正しい関係を憎む者=悪魔による妨害 ➡︎迫害 イエス・キリストが与えた義 =人々に神の子の尊厳に満たす ・病に苦しむ者たちに癒しを与える ・苦しめられている者たちから悪霊を追い出す ・罪人と呼ばれ、卑しめられている人々の友となる ・律法の硬直的遵守よりも、現実に苦しむ者を救う ・形式的礼拝ではなく、霊と真による礼拝 =新しい人としての実存 ➡︎この世の価値観、この世を支配する悪霊に従わない者に ➡︎神と人との正しい関係を憎む者=悪魔による妨害    =民を支配していた特権階級の腐敗を指弾 ➡︎ 十字架への道 天の御国は彼らのものだ ×死んでから天国に行ける ○神の支配は、彼らによってこの地にもたらされる=彼らこそが神の名代なのだ 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはいけません。わたしは、平和ではなく剣をもたらすために来ました。」マタイ10:34 迫害⬌戦い 一方的に批判される、攻撃される 人の罪を明らかにする神の愛と義を語るから。 「わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。大いに喜びなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのですから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々は同じように迫害したのです。」 預言者=神の御心を知ることを許された者、神がご自身の思いを開示してくださる者 あなたがたに与えられるのは、預言者の祝福だ。 神ご自身が、あなたがたにその御心を知らせてくださる。神の友とされるのだ。 「わたしは、もはやあなたがたを僕とは呼びません。しもべなら、主人が何をするのかしらないからです。わたしは、あなたがたを友と呼びました。父から聞いたことを全て、あなたがたに知らせたからです。」ヨハネ15:15 ヨハネの福音書 17章11~23節 “わたしはもう世にいなくなります。彼らは世にいますが、わたしはあなたのもとに参ります。聖なる父よ、わたしに下さったあなたの御名によって、彼らをお守りください。わたしたちと同じように、彼らが一つになるためです。彼らとともにいたとき、わたしはあなたが下さったあなたの御名によって、彼らを守りました。わたしが彼らを保ったので、彼らのうちだれも滅びた者はなく、ただ滅びの子が滅びました。それは、聖書が成就するためでした。わたしは今、あなたのもとに参ります。世にあってこれらのことを話しているのは、わたしの喜びが彼らのうちに満ちあふれるためです。わたしは彼らにあなたのみことばを与えました。世は彼らを憎みました。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではないからです。わたしがお願いすることは、あなたが彼らをこの世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。真理によって彼らを聖別してください。あなたのみことばは真理です。あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。わたしは彼らのため、わたし自身を聖別します。彼ら自身も真理によって聖別されるためです。わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです。またわたしは、あなたが下さった栄光を彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしは彼らのうちにいて、あなたはわたしのうちにおられます。彼らが完全に一つになるためです。また、あなたがわたしを遣わされたことと、わたしを愛されたように彼らも愛されたことを、世が知るためです。” ヨハネの福音書 14章18~19節 “わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。あなたがたのところに戻って来ます。あと少しで、世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。わたしが生き、あなたがたも生きることになるからです。” ヨハネの福音書 14章27節 “わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。”
24:35
July 8, 2019
2019年6月30日「神が造る平和に生きる」マタイの福音書第5章9節 岩本遠億牧師
「神が造る平和に生きる」マタイの福音書第5章9節 岩本遠億牧師 「平和を造る者は幸いです。その人たちは神の子と呼ばれるからです。」 平和を造る者=天地の創造者である神の別名 「主権と恐れは神のもの。神はその高い所で平和をつくられる。」ヨブ記25:2 「主は御民に、主にある敬虔な人たちに平和を告げられます。」詩篇85:8 「主よ。あなたは私たちのために平和を備えてくださいます。」イザヤ書26:12 「私は光を造り出し、闇を創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主、これらすべてを行う者。」イザヤ書45:7 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはいけません。わたしは、平和ではなく剣をもたらすために来ました。」マタイ10:34 キリストは平和を造るのか? 分裂をもたらすのか? キリストが平和を造る方法・・・個人ベース→草の根の働き 「キリストこそ私たちの平和です。」エペソ2:14 ・平和と争いが混交する状態が長く続く ・キリスト者がキリストの平和に生きることの意味を知ることの重要性 平和を造る⇔平和を壊す 悪魔の囁き→「私は正しい」→平和を壊す 「私は正しい」との主張=高慢の根→否定される人が生み出される=愛の否定 「私は正しい」との主張の対立→相互否定=争い キリストは自らの正しさを主張しなかった。→十字架刑→神と人との平和の実現 「そこで大祭司が立ち上がり、イエスに言った。『何も答えないのか。この人たちがおまえに不利な証言をしているのは、どういうことか。』しかし、イエスは黙っておられた。」マタイ26:62-63 「ピラトはイエスに言った。『あんなにも、あなたに不利な証言をしているのが聞こえないのか。』それでもイエスは、どのような訴えに対しても一言もお答えにならなかった。それには総督も非常に驚いた。」マタイ27:12-14 ルカの福音書 23章13~15節 ピラトは、祭司長たちと議員たち、そして民衆を呼び集め、こう言った。「おまえたちはこの人を、民衆を惑わす者として私のところに連れて来た。私がおまえたちの前で取り調べたところ、おまえたちが訴えているような罪は何も見つからなかった。ヘロデも同様だった。私たちにこの人を送り返して来たのだから。見なさい。この人は死に値することを何もしていない。 「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れ。」マタイ5:44 →自分の正しさを超える愛と祈り  「『どくろ』と呼ばれている場所に来ると、そこで彼らはイエスを十字架につけた。また犯罪人たちを、一人は右に、もう一人は左に十字架につけた。そのとき、イエスはこう言われた。『父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。』彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。」ルカの福音書 23章33〜34節 ローマ人への手紙5:1 「こうして、私たちは(キリストの)信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって神と平和を持っています=神との間に平和があります。 ローマ人への手紙8:1−4「こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。肉によって弱くなったため、律法にできなくなったことを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪深い肉と同じような形で、罪のきよめのために遣わし、肉において罪を処罰されたのです。それは、肉に従わず御霊に従って歩む私たちのうちに、律法の要求が満たされるためなのです。」 ローマ人への手紙8「11 イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。 14 神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。」 エペソ人への手紙 2章14~19節「実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の