キリストの平和教会

2019年4月21日「世界を導く王の王」ヨハネの福音書第21章1節〜14節 岩本遠億牧師

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2019年10月6日「神様のとの秘密 その2」マタイの福音書第6章5節〜8節 岩本遠億牧師
また、祈るとき偽善者たちのようであってはいけません。彼らは人々に見えるように、会堂や大通りの角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているのです。あなたが祈るときは、家の奥の自分の部屋に入りなさい。そして戸を閉めて、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたところで見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。また、祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。マタイの福音書 6章5~8節 当時のイスラエル人の義務 =宗教的義務=義(善行) 1.施し 2.祈り 3.断食 主イエスご自身も施しを推奨し、祈り、断食を行われた。 何を問題となさったのか? 会堂や通りで、多くの人に見えるように祈る。 =人に認めてもらいたいという気持ち、自分で自分を褒めたい気持ちが入り込む 人に「立派だ」「素晴らしい」と言われる 自分で自分に「良くやった」と言う →自分の報いを受けてしまっている →天におられるあなたがたの父の報いを受けられない 第一神殿以前: 幕屋における礼拝と個人個人の祈り 第一神殿時代(紀元前10世紀〜紀元前6世紀) 人々は律法を軽視 預言者の言葉:律法を守らないイスラエルの民に対する警告が中心 各地で異教の神への礼拝が横行 →エルサレム神殿だけでの礼拝を推進 第二神殿時代(バビロン捕囚(紀元前6世紀)以降) 人々は律法を遵守 預言者の言葉:律法を守るとは如何なることかとの議論が中心 →パリサイ派が会堂や家庭での礼拝を推進 イエス時代の祈り 公の祈り:神殿、会堂 「シェマーの祈り」が特に重んじられた。 「聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」申命記6:4 個人の祈り: 会堂での公の祈りに個人の祈りを加える。 街角に立って個人やグループの祈りを祈る。 問題:神様との個人的親密な関係の欠如 パリサイ派     ・主流派 「神よ」「主よ」と呼びかける。          自分の祈りによって奇跡が起こると信じていない。     ・敬虔派(ハシディーム)「我が父」「天の父」と呼びかける。          天の父が祈りに答えて奇跡を起こしてくれると信じている。 S・サフライ『キリスト教成立の背景としてのユダヤ教世界』 「天におられるあなたの父」 →イエスが敬虔派ハシディームの学者であったことは間違いがない。 「天の父との親密な関係」・・・祈りの前提          ↓      他者は関係ない      他者は父と子の関係の中に立ち入れない          ↓      人が見ていないところで祈れ      「自分の部屋」=納屋、物置 「神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは『アバ、父』と叫びます。」ローマ人への手紙 8章14~15節       「また、祈るとき、異邦人のように、同じことばをただ繰り返してはいけません。彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。 ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。」 異邦人の祈り:無意味な音の連続をいくつも試し、有効な組み合わせから呪文を作る。 「あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。」エペソ人への手紙 6章18節 「まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしを信じる者は、わたしが行うわざを行い、さらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげます。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしがそれをしてあげます。」    ヨハネの福音書 14章12~14節 ・キリストの名代として祈る
27:55
October 6, 2019
2019年9月29日「神様との秘密 その1」マタイの福音書第6章1節〜4節 岩本遠億牧師
 人に見せるために人前で善行(義)をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から報いを受けられません。  ですから、施しをするとき、偽善者たちが人にほめてもらおうと会堂や通りでするように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているのです。  あなたが施しをするときは、右の手がしていることを左の手に知られないようにしなさい。 あなたの施しが、隠れたところにあるようにするためです。そうすれば、隠れたところで見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。 マタイの福音書 6章1~4節 ********************* 二人だけの秘密とは? 「ここに来たことは二人だけの秘密だよ」 「この秘密基地のことは、二人だけの秘密だ」 二人は特別な関係 他の何ものも間に入れない強い関係 当時のイスラエル人の義務 =宗教的義務=義(善行) 1.施し 2.祈り 3.断食 主イエスご自身も施しを推奨し、祈り、断食を行われた。 何を問題となさったのか? 会堂や通りで、多くの人に見えるように施しをする。 =人に認めてもらいたいという気持ちが入り込む 人に「立派だ」「素晴らしい」と言われる →自分の報いを受けてしまっている →天におられるあなたがたの父の報いを受けられない キリスト教会は、何故、キリストのこの警告を2000年間、無視し続けるのか? あなたが施しをするときは、右の手がしていることを左の手に知られないようにしなさい。 =自分で自分を敬虔と認めてやりたいという気持ちが入り込まないようにせよ。 自分の行為で自分を認めたい =目は自分を向いている 理想の行為ができない自分を誇れない =目は自分を向いている        ↑      両者は同一基準、同一線上を動いている 隠れたところで見ておられるあなたがたの天の父 あなたがたの施しが隠れたものとなる →あなたがたの施し、愛の業が天の父の宝物となる その宝物を天の父とあなただけの秘密とせよ。 天の父とあなたの関係は、二人だけの秘密の関係 主イエスが与えてくださった、この救い、この喜び、この命、この秘密の関係の中で、自分の業、自分という思いすら、消えていく。自分が何もしていないことに気づく。 しずけき夕べの【賛美歌48】 1.しずけき夕べの しらべに寄せて   歌わせたまえ  父なる神よ 2.日かげもやすろう 頃にしあれば   父にぞゆだねん  今日まきしたねを 3.みにくき者の  いろもかたちも   見えずなりゆく 時は来にけり 4.日ごと我がなす 愛の業をも   人に知らさず かくしたまいね 5.鳥はねぐらに 人は家路に   かえる夕べこそ いとしずかなれ 6.神よ この世の 旅路おわらば   わがふるさとに 憩わせたまえ
29:31
September 29, 2019
2019年9月15日「私たちを完成する愛」マタイの福音書第5章43節〜48節
『あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎め』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。父はご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。自分を愛してくれる人を愛したとしても、あなたがたに何の報いがあるでしょうか。取税人でも同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたとしても、どれだけまさったことをしたことになるでしょうか。異邦人でも同じことをしているではありませんか。ですから、あなたがたの天の父が完全であるように、完全でありなさい。マタイの福音書 5章43~48節 意志によってコントロールできる行為と できない行為 ○食べる、歩く、走る ✕失神する、躓く、目覚める、老いる 「完全である」「敵を愛する」「迫害する者のために祈る」 は自分でコントロールできるか? 意志によってコントロールできる行為の命令形 →命令の意味 意志によってコントロールできない行為の命令形 →人の場合、願いや呪い 「雨、雨、降れ、降れ」・・・降るかどうか分からない 「明日天気にな〜れ」・・・天気になるかならないか分からない 全能の神による命令→必ず実現する 「あなたがたの天の父が完全であられるよう、あなたがたも完全であれ!」→必ず完全になる 「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れ。天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。」 自分を迫害する者のために何度祈れば良いのか? 1回か?10回か?100回か? 99回は祈れたが、1回は祈れなかった人。 99回は祈れたなかったが、1回祈れた人。 どちらが神の子になれるのか? 昨日は祈れたが、今日は祈れなかった人は神の子になれるのか?                    ↑    根本的な前提と理解の誤り 人間の祈りという行為によっては神の子になれない 「天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。」 前提:あなたがたはこの方の子供である 天におられるあなたがたの父は、敵を愛し、迫害する者のために祈る愛の方だ。愛そのものだ。あなたがたはこの愛に満たされ、父に似た者となる。 天の父はどのようなお方か? 「父は、ご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。」 父なる神の愛=良し悪しを超えた愛            感情を超えた愛 命の根源 人間の愛・・・自分の都合によって左右される 父の本質である「この愛」に満たされ、この愛が君たちの内面を支配するようになる →「この愛」が、君たちの中で敵を愛し、迫害する者のために祈るようになる。 主イエスは、これをご自分の生涯において実証なさった。 主イエスは、ご自分を十字架に釘付けする者たちのために祈り続けられた。主イエスの中に満ちていた「この愛」が十字架の苦しみにおいて自己を現した。 「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全であれ。」 自分の祈りという行為によって完全となるのではない。自分の愛の行為が自分を完全にするのでもない。 父なる神様の中に満ち満ちていた愛という実体、すなわち、父なる神様ご自身が、私たちの中に入ってきて、私たちを完全な者とする。 私たちが祈り得ない祈りを、聖霊が私たちの中で祈ってくださる。 神様ご自身がそうすると約束。 「同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったら良いか分からないのですが、御霊ご自身が、言葉にならない呻きを持って、とりなしてくださるのです。」ローマ8:26 初代教会時代の伝道者ステパノ 最初の殉教者、この門外で殉教 神殿礼拝主義を否定 神がお住みになるのは、人である。 人こそ神殿である。 「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」 →人々は殺到して、ステパノを石打ちにして殺した。 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで言った。「主イエスよ、私の霊を受けてください。」そして、ひざまずいて大声で叫んだ。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、彼は眠りについた。 主イエスの十字架の祈り 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのか分からないのです。」 主イエスの御霊ご自身がステパノの中にいて、ステパノを主イエスに似た者とした。 私たちの祈り=聖霊に満たしてください。聖霊よ。私たちを満たし、私たちの内側で、私たちの祈り得ない祈りを祈ってください。 第二コリント3:17-18 「主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」
26:27
September 15, 2019
2019年9月8日「卑しめられることを恐るな」マタイの福音書第5章38節〜48節 岩本遠億
卑しめられることを恐るな マタイの福音書第5章38節〜42節 岩本遠億牧師 2019年9月8日 『目には目を、歯には歯を』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つ者には左の頬も向けなさい。あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着も取らせなさい。あなたに一ミリオン行くように強いる者がいれば、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。借りようとする者に背を向けてはいけません。マタイの福音書 5章38~42節 「目には目を、歯には歯を」 同態復讐法:復讐合戦を食い止める法的知恵=倍返しの禁止 当時すでに金銭賠償が行われていた 右の頬を打つ 右手で相手を打つ場合、普通は左頬を打つ 右の頬を打つ=右手の甲で打つ       =相手に対する侮辱を表す 強いて1ミリオン(1500m)行かせる =征服者による強制徴用→強い屈辱感、憎しみ ×相手に対する侮辱行為や、強制徴用を認めているわけではない。 当時、下着は複数枚持っていたが、上着は一枚だけ。上着は掛け毛布ともなった。→貧しい者にとっては唯一の財産 上着を借金の質として取っても、夕方には返さなければならないと規定されていた。 ・侮辱された時、自分の持ち物を取られた時の屈辱感や怒りがあなたの行動を支配してはならない。 ローマ人への手紙 12章18~20節 自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。 「復讐はわたしのもの。わたしが報復する。」 主はそう言われます。次のようにも書かれています。 「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになるからだ。」” 詩篇 73篇1~28節 見よこれが悪しき者。彼らはいつまでも安らかで富を増している。ただ空しく、私は自分の心を清め、手を洗って自分を汚れなしとした。私は休みなく打たれ、朝ごとに懲らしめを受けた。 もしも私が「このままを語ろう」と言っていたなら、きっと私はあなたの子らの世代を裏切っていたことだろう。私はこのことを理解しようとしたが、それは私の目には苦役であった。ついに私は、神の聖所に入って彼らの最期を悟った。[…] 私の心が苦みに満ち、私の内なる思いが突き刺されたとき、私は愚かで考えもなく、あなたの前で獣のようでした。しかし私は絶えずあなたとともにいました。あなたは私の右の手をしっかりとつかんでくださいました。あなたは私を諭して導き後には栄光のうちに受け入れてくださいます。 あなたのほかに天では私にだれがいるでしょう。地では私はだれをも望みません。この身も心も尽き果てるでしょう。しかし神は私の心の岩とこしえに私が受ける割り当ての地。見よあなたから遠く離れている者は滅びます。あなたに背き不実を行う者をあなたはみな滅ぼされます。しかし私にとって神のみそばにいることが幸せです。私は神である主を私の避け所としあなたのすべてのみわざを語り告げます。 マタイの福音書 10章28~31節 “からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい。 二羽の雀は一アサリオンで売られているではありませんか。そんな雀の一羽でさえ、あなたがたの父の許しなしに地に落ちることはありません。 あなたがたの髪の毛さえも、すべて数えられています。 ですから恐れてはいけません。あなたがたは多くの雀よりも価値があるのです。” 侮辱された時、自分の持ち物を取られた時の屈辱感や怒りがあなたの行動を支配してはならない。 主イエスの十字架という屈辱 “信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。” ヘブル人への手紙 12章2節 主の御前にある喜び 主の膝元にある喜びがこれを潜り抜けさせる。 乗り越えるのではない、潜り抜ける。 “私たちが卑しめられたとき主は心に留められた。主の恵みはとこしえまで。” 詩篇 136篇23節 ホレイシオ・スパフォード  Horatio Spafford (1828〜1888) シカゴの法律家、実業家 多くの不動産を所有し、社会奉仕活動。 長老教会の役員 1871年シカゴ大火→全ての不動産を失う。同年息子を猩紅熱で失う 長老教会からは、隠れた罪が原因だと断罪される イギリスで宣教していた伝道者ムーディの活動に参加するため、一家でイギリスに渡る計画 出発直前に、急な仕事のためスパフォードはシカゴに残り、妻のアンナと4人の娘だけ、先発することに。 アンナと4人の娘が乗った蒸気船は、大西洋横断中に鉄の帆船と衝突、沈没 アンナだけが助けられ生き残る。ホレイシオに電報。 Saved alone.  What should I do? すぐにイギリスに向かうホレイシオ アンナたちが乗った船が沈没したところにさしかかった時、一つの言葉が与えられた。 It is well with my soul. しかし、私の魂にとっては大丈夫。私の魂は守られている。 1.平安が川のように、心に寄り添う時も、悲しみが大波のように、逆巻く時も、 私の運命がいかなるものであっても、主よ、あなたは、教えてくださいました。「私の魂は守られている」と語ることを It is well, it is well with my soul. 2.サタンは攻撃をしかけてくる。試みの時もやってくる。 しかし、この祝福された保証が心を支配す