ー A History of Abstract Algebra by I.Kleiner ー 長岡亮介数学勉強会

ー A History of Abstract Algebra by I.Kleiner ー 長岡亮介数学勉強会

By Galois
数学者長岡亮介先生にご指導いただくチャンスを得た!テキストはI.Kleiner著「A History of Abstract Algebra」。紀元前18世紀の数学から20世紀抽象代数への4千年の歴史の学びが始まる。

(注)録音は周りの騒音も入ってお聞き苦しいところもありますが、ご容赦ください。
なお、リンク(https://akasakas.cool/)に掲載しているレポート(テープ起こし)は先生のチェックを受けておりませんので、正確な翻訳にはなっておりません。
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第6回 (p8-10)1.6 Algebraic notation: Viète and Descartes

ー A History of Abstract Algebra by I.Kleiner ー 長岡亮介数学勉強会

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第16回(p26-27) 2.2 Development of “specialized” theories of groups 2.2.2 Abelian Groups(その2)
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第16回2.2.2-Abelian-Groups(その2)20190612勉強会.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第16回 (p26-27) 2 History of Group Theory 2.2 Development of “specialized” theories of groups  2.2.2 Abelian Groups アベル群(その2) クロネッカーは、有限の可換群の暗黙の定義を与える過程の中で、「マグニチュード(量)」の結びつきの法則をひねり出すことをめざしていた。 クロネッカー路線は、1879年にフロベニウスとシュティッケルベルガーによって、「交換可能な要素の群について」という重要論文の中で持ち上げられた。
1:04:41
May 14, 2020
第15回(p26-27) 2.2 Development of “specialized” theories of groups 2.2.2 Abelian Groups (その1)
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第15回2.2.2-Abelian-Groups(その1)20190607勉強会.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第15回 (p26-27) 2 History of Group Theory 2.2 Development of “specialized” theories of groups  2.2.2 Abelian Groups アベル群(その1) 代数的数論はフェルマー(Pierre de Fermat、1607年 - 1665年)の最終定理(1630年ごろ);【n を3以上の整数とするとき,xn+yn=zn を満たす正の整数 x,y,z の組は存在しない。】との関係で登場してきた。 1846年にディリクレが代数的数体の単位元units(1位の数)を研究し、ほとんど同じ頃クンマーが“イディアル数(理念的な数)“を導入した。 シェリングは、2項2次形式の同値類の作る可換群に対する一つの基底を見つけた。 クロネッカーは、1870年の論文で、従来よりはるかに抽象的な視点を取ることによって始めた。
1:03:16
May 14, 2020
第14回(p24-26)2.2 Development of “specialized” theories of groups 2.2.1 Permutation Groups(その2)
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第14回2.2.1-Permutation-Groups(その2)20190605勉強会.pdf  https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第14回 (p24-26) 2 History of Group Theory 2.2 Development of “specialized” theories of groups  2.2.1 Permutation Groups(その2)   19世紀前半における置換理論に対する他の主たる貢献者はコーシーだった。 コーシーが証明した諸定義のうち、(ⅲ) S3 、S4 、S5 、S6のすべての部分群の決定(S6には間違いがあったけど)がある。ここで、S3の部分群を全てあげよと言う宿題が出た。3!=6個の要素{1,2,3,4,5,6}をどう考える? コーシーやガロアがいかに偉大であっても、ジョルダンがいなければ今日のコーシーやガロアはいない。 数学に概念的な統合をもたらすということが、ジョルダンの深い希望の表現だった。彼がそのような概念的な統合を達成しようとしたことは、栄光であるとともに限界だった。彼の置換論的な見方は、すぐに変換群としての群の概念に取って代わられることになった。
53:59
May 14, 2020
第13回(p22-23) 2.2 Development of “specialized” theories of groups 2.2.1 Permutation Groups(その1)
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第13回2.2.1-Permutation-Groups(その1)20190515勉強会.pdf https://akasakas.cool/  カテゴリーA History of Abstract Algebra 第13回 (p22-23) 2 History of Group Theory 2.2 Development of “specialized” theories of groups  2.2.1 Permutation Groups(その1)   群論の発展における4大起源とは、第1起源 -古典代数  -、第2起源  -数論- 、第3第4起源 -幾何と解析- である。それぞれの期が、置換群論、可換群論、変換群論へと発展してきた。 2.2.1 Permutation Groups 置換群  ラグランジュ(Joseph-Louis Lagrange, 1736 - 1813)は、5次以上の方程式がベキ根によっては解けないことについても研究し、根の置換など群論の先駆けとなるような研究も行っている。数学史における群論的な思考を暗示する初めての事例だった。  基礎的な概念的な進歩を達成し、多くの人から(置換)群論の創始者とみなされているのはガロア(Évariste Galois, 1811 - 1832)だった。彼は正規部分群の基本的な概念を創り、それを用いて大きな成果をあげた。  ガロアは二十歳で死んだ。復古王政(1814年ナポレオン没落後、1830年の7月革命まで)の時代にあって、若き数学者の死は革命への参加とも決闘とも言われたが、その名をガロア群として数学の世界に名を残す。
46:04
May 12, 2020
第12回(p21-22)2.1.4 Analysis 
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第12回2.1.4-Analysis20190510勉強会-.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第12回 (p21-22) 2 History of Group Theory 2.1.4 Analysis解析 解析関数というのは、多変数関数で微分可能なもの、実関数は微分可能というのだが、一般に複素変数の関数では微分可能と言わないで解析的という。解析的とは、微分可能よりもう少し条件が厳しくて複素平面というかこの場合はn次元上の全てのところでべき級数に展開される、そういうような条件を満たすもの。 リー(Marius Sophus Lie, 1842ー1899)は、自らをアーベル(Niels Henrik Abel:1802−1829享年27歳)、ガロア(Evariste Galois:1811−1832享年20歳)の後継者と考えていて、連続変換群を定義する。 リーの研究は、ピカール(Charles Émile Picard、1856ー1941)とビジョー(Ernest Vessiot 1865 ー1952)によるリー論のその後の公式化を基礎付けるものだった。 ポアンカレ(Jules-Henri Poincaré 1854ー1912)とクライン(Felix Christian Klein, 1849ー1925)は、1876年頃に「保型関数」とそれらに結びついた群で研究を始めた。 19世紀初めに若くしてなくなった二人の数学者アーベルとガロアの研究は、19世紀後半には多くの後継者たちによって、群論として体系化された。
16:02
May 12, 2020
第1 1回 (p20-21)2.1.3 Geometry
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第11回2.1.3-Geometry20190503勉強会-.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第11回 (p20-21) 2 History of Group Theory 2.1.3 Geometry 19世紀の数学の大発見と言えるのが、collineation共線性の発見である。3点が同一直線上にあるという条件で、点A,B,Cがある時、ベクトルAB、ベクトルACに対して、片方はもう片方の実数倍で表される。3本の直線が1点を共有するとき共点という。3点が同一直線上にあることとき共線という。共点と共線は双対(そうつい)といって、射影幾何では同じこと。 クラインは明確に群という考えを出した。クラインのエルランゲンプログラムへ導いたいくつかの背景について、ここで述べている。
44:21
May 5, 2020
第10回 (p19-20)2.1.2 Number Theory
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第10回2.1.2-Number-Theory20190501勉強会.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第10回 (p19-20) 2 History of Group Theory 2.1.2 Number Theory 数論 ガウスのDisquisitiones Arithmeticae(数論講義)は、数学者たちを19世紀の丸々100年を支配した。 ガウス記号を知っているよね、と言われても学習した記憶がない。プログラムのintみたいだが、負の数になると違ってくる。集合の概念がつかめなければ、18世紀以前の数学から脱皮できない。 素数5の因数分解は、(2+i)(2-i)となるなんて、なるほど・・・i(アイ)は変身(変心)するものだ。 いよいよ群の登場。4つのパターン。  mを法とする(mod.m)整数加法群 5mod.7=5、5^2mod.7=4、5^3mod.7=6、5^4mod.7=2、5^5mod.7=3、5^6mod.7=1、5^7mod.7=5、〜ー>7乗で戻る! Φ関数とはどういう関数か?互いに素な自然数の個数のこと。12  と互いに素な 12 以下の自然数の個数は,12=2^2⋅3 より,12(1−1/2)(1−1/3)=4 個。素因数分解がカギ、この公式を覚えるだけじゃダメ、証明できなくちゃ・・・ Z*p(ゼットピースター)の任意の要素が与えられた時、要素のorder(次数/位数)がp − 1の約数であることを示した。ここがキモ! 例えばpを素数7として整数4の場合を考える。4mod.7=4、4^2mod.7=2、4^3mod.7=1、4^4mod.7=4、4^5mod.7=2、4^6mod.7=1。だから p -1=6の約数3を位数とする要素も単位元となる!  1のn乗根が巡回群をなしているということが、複素数を勉強して一番嬉しい話である。フェルマーの定理:x2 + y2は4で割ると必ず1余る。これは、ガウスの2次形式論と言って、とてもエレガントな理論である。証明も簡単であると。(私はやっていないが)
58:45
May 4, 2020
第9回 (p17-19)2 History of Group Theory 2.1.1 Classical Algebra
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第9回2.1.1-Classical-Algebra20190424勉強会.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 2 History of Group Theory 群論の入門編で議論された主な概念の起源、定理、および一般的な理論について概説する。群論の進化に関する「物語ストーリー」は1770年に始まり、20世紀に拡大したが、主要な発展は19世紀に起こった。その世紀の一般的な数学的特徴の一つに、人間の活動としての数学の見方、つまり物理的状況を参照せず、または物理的状況からの動機なしで可能になったこと。これは革命と呼んでもいい。 2.1 Sources of group theory 群論の4つの源 (a) 古典代数(ラグランジュ、1770) (b) 数論Number theory (Gauss, 1801) (c) 幾何Geometry (クラインKlein, 1874) (d) 解析Analysis (Lie, 1874; ポワンカレPoincaré and Klein, 1876) 2.1.1 Classical Algebra古典代数 ラグランジュが1770年「代数方程式の解に関する省察」を書いた当時の代数学の主な問題は、多項式に関するものだった。 そこには根の存在と本質を扱う“理論的な”問題がありました。 方程式の根たちの置換の研究は。代数方程式におけるラグランジュ一般理論の礎となった。この置換の研究は、彼が頭の中で考え、“方程式の解の真の原理”を形成した。たとえば、f(x)が根x1、x2、x3、x4を持つ4次方程式であるならば、R(x1、x2、x3、x4)はx1x2 + x3x4と取ることができ、この関数はx1、x2、x3、x4の24個の置換のもとで異なる値は3個しかとらない。
48:20
May 3, 2020
第8回 (p13-14)1.8 Symbolical algebra
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第8回1.8-Symbolical-algebra20190417勉強会.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第8回 (p13-14) 1.8 Symbolical algebra 記号代数学 負の数と複素数、18世紀(FTAはそれらを不可避にした)において頻繁に使われるけれども、ほとんど理解されなかった。例えば、ニュートンは負の数を、「無より小さい」量と説明し、ライプニッツは、複素数を“存在と不存在の間の両生類”であると言った。オイラーは“ +の記号がついていたら正の量、−の記号がついていたら負の量、と呼ぶ”と主張した。 (−1)(−1)= 1のような負の数の取り扱い規則は、古代から知られていた。けれども過去にはいかなる証明も与えらなかった。18世紀の後半と19世紀始めの間に、数学者たちは、なぜそのような規則が成り立つのかということに疑問を持ち始めた。 この話題についての最も包括的な仕事は、1830年のピーコック(解析協会のリーダー)のTreatise of Algebra(代数学論)であった。ピーコックのthe Principle of Permanence of Equivalent Forms(等値形式の恒久普遍原理)は、本質的に記号代数学の法則が算術的代数学の法則になると言っている。 次の数十年に、イギリス数学者たちが、ピーコックが予言したことを、通常の算術の法則とは何通りもの仕方で異なっている性質を持った代数(多元環)を導入することによって、実際に具体化した。
46:47
May 2, 2020
第7回 (p10-12)1.7 The theory of equations and the Fundamental Theorem of Algebra
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第7回1.7-The-theory-of-equations-and-the-Fundamental-Theorem-of-Algebra20190402勉強会.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第7回(p10-12) 1.7 The theory of equations and the Fundamental Theorem of Algebra方程式の理論と代数学の基本定理FTA FTAとは、「次数が 1 以上の任意の複素係数一変数多項式には複素根が存在する」 という定理である。17世紀前半にジラールらによって主張された。 ビエタとデカルトの研究は、16世紀の終わりから17世紀の始めころ、数値方程式の可解性から文字係数を持つ方程式の理論的な研究へと関心の的が移った。多項式の理論が出現し始めた。その主たる関心は、そのような文字係数を持つ方程式の根の存在、本質、そして個数決定することだった。  FTAの最初の証明は、1746年にダランベールから与えられたが、すぐオイラーによる証明が続いた。ダランベールの証明は解析学からアイデアを用いていたが、オイラーはほとんど代数学的であった。二つの証明は両方とも、特に、すべてのn次方程式が、実数の法則に従って計算することができるn個の根を持つということを仮定している点で、不完全であり厳密さに欠けていた。 ガウスは、1797年(彼がほんの20歳であった時)に完成し、1799年に出版した博士論文の中で、当時の標準では十分厳密なFTAの証明を与えた。  19世紀の始め、FTAは相対的に新しいタイプの定理、existence theorem(存在定理) になった。すなわち、ある数学的な対象-多項式の根-は、単に理論上だけで、存在することが示された。20世紀になると計算できるかどうかは別、存在することが証明されればいいと変わった。これは数学の歴史において大革命と言える。
1:19:21
May 2, 2020
第6回 (p8-10)1.6 Algebraic notation: Viète and Descartes
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第6回1.6-Algebraic-notation-Viète-and-Descartes20190328勉強会.pdf  https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 第6回 (p8-10) 1.6 Algebraic notation: Viète and Descartes 代数的記号法 ビエタとデカルト 3千年もの間、記号なしに代数学が発展してきた。代数学に対しての記号表記の導入と完成は、16世紀と17世紀初めに主にビエタとデカルトによってなされた。 ビエタの基本的なアイデアは、任意の係数(定数)を方程式に導入し、そしてこれらを方程式の未知数(変数)と区別することであった。彼は子音(B, C, D, . . .) を定数とし、母音(A, E, I, . . .)を変数とした。これは有名な話です。 シナゴゲとアナリキケって知ってる?ギリシャ語で、(さすが数学の祖だ)、 「method of synthesis」は、シナゴゲに相当するもので、総合の方法というもので、「method of analysis」は、分析の方法。シナゴゲというのは、答えがあるとすれば、こうでなくてはならない、という理論をいう。それに対して答えがまさにそうであるということを分析的に論ずることを、解析と言う。 解析は総合に比べて、一段低い位置にあった訳ですが、近世に実はその解析にこそ命があると、解析と総合の地位の逆転が起こるわけです。これが数学史の歴史の中で最も重要な事です。 ビエタの欠点 (ⅰ) 彼の表記法は、「短縮」だった。 (ⅱ) ビエタは、代数表記において、全ての項は同一次数を持たなければならないと“同次性”を要求した。 (ⅲ) 代数的解は幾何学的証明であった。ビエタといえども例外ではなかった。 (ⅳ) ビエタは方程式の根を正の実数に限定した。 2千年の間、幾何学は、数学の言語となるべく大きい位置を持っっていたけれど、今や代数学が数学の言語としての役割を果たし始めた。
31:58
April 27, 2020
第2回(p2-8) 1.2 The Greeks 第3,4,5回 レポートのみ
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第2回1.2-The-Greeks20190313勉強会.pdf https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第3・4・5回1.3-Al-Khwarizmi1.4-Cubic-and-quartic-equations1.5The-cubic-and-complex-numbers.pdf https://akasakas.cool/  カテゴリーA History of Abstract Algebra 1   History of Classical Algebra 1.2 The Greeks 古代ギリシャ Euclid(ユークリッド/エウクレイデス)は、古代ギリシャBC300年頃の数学者で、「Elements(原論)」の著者であり、「幾何学の父」と称される。このユークリッド幾何学は19世紀末から20世紀初頭まで使われてきた。 ギリシャ代数学の業績はDiophantus’ Arithmetica (ディオファントスの数論)である。200年頃の人だからユークリッドの時代から500年以上経っている。ディオファントスは、代数で記号を導入した。3とか5とか数で表現してきたものが、xを使って方程式を扱うことになる。これが代数学の最初の大きな出会いになる。 Diophantusの代数学 (a) 二つの基本的ルール。一方の辺から他方の辺へ移行する際のルール、式の両辺から同一の項を消去するルール。移行するときはプラスマイナスが変わる、同一のものは消していいということ。 (b) 未知数の負ベキの定義をした。そして、指数法則を明確にした。 (c) 負係数の演算についていくつかの諸規則を述べている。例えば、マイナスにマイナスをかけた時はプラスになる。 (d) 古代ギリシャの伝統の鎖から離れていた。 x^3 −2x^2 +10x −1 = 5 をギリシャ文字で表すことはクイズのようで、手間がかかるが楽しい。 ςシグマは未知数(ζゼータではない)、Φファイは引き算、Īōイオシグマは等しいという相当性、Δσ (デルタの上付きシグマ)は未知数の平方、Κσ(カッパの右肩シグマ)は立方、などなど。
1:06:15
April 27, 2020
第1回(p1-2)1 History of Classical Algebra 1.1 Early roots
レポート https://akasakas.cool/wp-content/uploads/2020/05/第1回1.1-Early-roots20190306勉強会.pdf https://akasakas.cool/ カテゴリーA History of Abstract Algebra 1   History of Classical Algebra   1.1 Early roots  およそ紀元前1700年頃のバビロニア人は2次方程式を解いている。係数も変数も無く、しかも60進法を用いて。 <問> I have added the area and two-thirds of the side of my square and it is 0;35[35/60 in sexagesimal notation]. What is the side of my square? <解> You take 1, the coefficient. Two-thirds of 1 is 0;40. Half of this, 0;20, you multiply by 0;20 and it [the result] 0;6,40 you add to 0;35 and [the result] 0;41,40 has 0;50 as its square root. The 0;20, which you have multiplied by itself, you subtract from 0;50, and 0;30 is [the side of] the square この文章が理解できた時、とても嬉しかった。およそ4千年前のバビロニア人と会話できたように思えた。しかし、現在の表記法が発明されたおかげで、数学は式として表せるようになった。代数は人が創った人工言語なのだ。だから厳密さを要求され、証明するということが最も大事なこととなる。曖昧にしていると、「なぜ、それが言えるのか、根拠を言え」と突っ込まれる。曖昧な笑みはここでも不要!
35:36
April 2, 2020