ネットラジオ版安心問答(浄土真宗の信心について)

#023「してはならないことを一つ一つ潰していけば最終的に「おまかせする」ことになるのかなあとも愚考します」(猿松さんのコメント)

An episode of ネットラジオ版安心問答(浄土真宗の信心について)

By yamamoyama
ブログ安心問答(浄土真宗の信心について)の音声版です。浄土真宗の教え、信心、その他についていろいろと話をするpodcastです。
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#024「阿弥陀仏という余りにも抽象的な概念をそもそも信じるとか信じないとかどういうことだろう?」 「阿弥陀仏に救われるとはどういうことなのだろう?その概念自体が理解できない?」
https://anjinmondou.hatenablog.jp/entry/2019/03/21/055958 に関連した内容をラジオ版で収録しました。 ・一 あさの御つとめに、「いつつの不思議をとくなかに」(高僧和讃・三三)より「尽十方の無礙光は 無明のやみをてらしつつ 一念歓喜するひとを かな らず滅度にいたらしむ」(高僧和讃・三八)と候ふ段のこころを御法談のとき、「光明遍照十方世界」(観経)の文のこころと、また「月かげのいたらぬさとはなけれども ながむるひとのこころにぞすむ」とある歌をひきよせ御法談候ふ。なかなかありがたさ申すばかりなく候ふ。上様(蓮如)御立ちの御あとにて、北殿様(実如)の仰せに、夜前の御法談、今夜の御法談とをひきあはせて仰せ候ふ、ありがたさありがたさ是非におよばずと御掟候ひて、御落涙の御こと、かぎりなき御ことに候ふ。(御一代記聞書2) ・スイカ泥棒の話
31:17
March 23, 2019
#023「してはならないことを一つ一つ潰していけば最終的に「おまかせする」ことになるのかなあとも愚考します」(猿松さんのコメント)
猿松 2019-02-28 12:03:25 (略) あれから「おまかせする」ということについて考えておりました。 「弥陀の本願信ずべし」とは「弥陀をたのめ」ということであり「阿弥陀仏におまかせする」ということである。これを詳しく言うと「阿弥陀仏に自分の後生をおまかせする」ということなると思います。 しかし自分の心底を見てみると、本当に阿弥陀仏の存在も自分の後生の存在も信じているのか、かなり怪しいところです。 では、なぜ浄土真宗を求めているのかといえば、「このままではロクなことにならない」という漠然とした将来の不安と「この教えには何かある」という漠然とした希望でしかありません。 こんな私が「阿弥陀仏に自分の後生をおまかせする」には具体的に何をすればよいのか、お念仏すればよいのか、聴聞に行けばよいのか…しかしこういう思考で念仏したり聴聞したりすること自体ダメだというのはわかります。 つまりしてはならないことはわかるが、してよいことがわからない(してよいことを考えること自体ダメですが…)だからしてはならないことを、ついついしてしまうといった感じで、行き詰まっております。 してはならないことを一つ一つ潰していけば最終的に「おまかせする」ことになるのかなあとも愚考します。 とりとめのない質問となりましたが、先生のご指導をいただければと思います。 頂いた猿松さんのコメントについて話をしました。
17:56
February 28, 2019
#022「罪障功徳の体となる」のご和讃の「罪障と功徳が等価にならない」について
ブログ記事 https://anjinmondou.hatenablog.jp/entry/2019/02/02/203016 に関連して、 罪障功徳の体となる 氷と水のごとくにて 氷多きに水多し 障り多きに徳多し  (高僧和讃) のご和讃について話をしました。 過去の理解と今の理解の違い「罪障と功徳が等価にならない」について話をしました。
26:19
February 9, 2019
#020「金剛心になると聞いたことがあります。なにが金剛なるのでしょうか?」(頂いた質問)
#020「金剛心になると聞いたことがあります。なにが金剛なるのでしょうか?」(頂いた質問)
19:36
January 13, 2019
#019「命がけで聞かないと救われないのでしょうか?」について
頂いた質問 「命がけで聞かないと救われないのでしょうか?」について話をしました。 (63) 一 仏法者申され候ふ。わかきとき仏法はたしなめと候ふ。としよれば行歩もかなはず、ねぶたくもあるなり。ただわかきときたしなめと候ふ。(御一代記聞書)
18:27
January 5, 2019
#018 「私はなぜ助からないのでしょうか?」
今回は頂いた質問 「私はなぜ助からないのでしょうか」について話をしました。
20:10
December 31, 2018
#017 ありがたそうな人の念仏と私の念仏は違うような気がします(いただいた質問)
#017 今回は南無阿弥陀仏と念仏していてもいかにもありがたそうに称えられる人の念仏と比べると、私が称える南無阿弥陀仏と違うのではないかと思ってしまいます。という方からの質問について話をしました。
17:41
December 23, 2018
#016「たすけたまへと弥陀をたのめ」について
御文章、領解文に書かれている「たすけたまへ」「弥陀をたのむ」について話をしました。
24:22
December 1, 2018
#015「易往而無人」について
園児さんのコメントより 「易往而無人」について話をしました。 −−−− 律宗の用欽のいはく、「法の難を説くなかに、まことにこの法をもつて凡を転じて聖となすこと、なほし掌を反すがごとくなるをや。大きにこれ易かるべきがゆゑに、おほよそ浅き衆生は多く疑惑を生ぜん。すなはち『大本』(大経・下)に〈易往而無人〉といへり。ゆゑに知んぬ、難信なり」と。 (教行信証信巻 註釈版聖典248頁) この一念の安心一つにて浄土に往生することの、あら、やうもいらぬとりやすの安心や。されば安心といふ二字をば、「やすきこころ」とよめるはこのこころなり。さらになにの造作もなく一心一向に如来をたのみまゐらする信心ひとつにて、極楽に往生すべし。あら、こころえやすの安心や。また、あら、往きやすの浄土や。これによりて『大経』(下)には「易往而無人」とこれを説かれたり。この文のこころは、「安心をとりて弥陀を一向にたのめば、浄土へはまゐりやすけれども、信心をとるひとまれなれば、浄土へは往きやすくして人なし」といへるはこの経文のこころなり。 (御文章2帖目第7通 註釈版聖典1119頁) −−−−−−−−−−−
28:27
November 17, 2018
♯014 「愚者になりて往生す」について
今回は園児さんのコメントから 「愚者になりて往生す」(末灯鈔)について話をしました。
28:20
November 10, 2018
#013 心得たと思ふは心得ぬなり。心得ぬと思ふは心得たるなり。(御一代記聞書232)について
今回は 「心得たと思ふは心得ぬなり。心得ぬと思ふは心得たるなり。」(御一代記聞書232)の意味について質問を頂いたので話をしました。 ------- 一 おなじく仰せにいはく、心得たと思ふは心得ぬなり。心得ぬと思ふは心得たるなり。弥陀の御たすけあるべきことのたふとさよと思ふが、心得たるなり。少しも心得たると思ふことはあるまじきことなりと仰せられ候ふ。されば『口伝鈔』(四)にいはく、「さればこの機のうへにたもつところの弥陀の仏智をつのらんよりほかは、凡夫いかでか往生の得分あるべきや」といへり。 (御一代記聞書232 https://bit.ly/2Qg0iSn) ---------
26:51
November 3, 2018
#012 阿弥陀仏に早く救われる人と時間がかかる人と何が違うのですか?
今回は、「阿弥陀仏に救われるのに、信心決定するのに、早い人と遅い人がなぜいるのでしょうか?」という質問について、話をしました。
22:46
October 29, 2018
#011 親鸞聖人は、歎異抄一章に「摂取不捨の利益」と仰っておられるとお聞きしますが、その世界は、どういう世界でしょうか。
メールで頂いた質問 歎異抄一章に「摂取不捨の利益」と仰っておられるとお聞きしますが、その世界は、どういう世界でしょうか。 について話をしました。 今回収録に出てきた御文 弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなり と信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。(歎異抄) http://labo.wikidharma.org/index.php/歎異抄#.E7.AC.AC1.E6.9D.A1 (114) 超日月光この身には  念仏三昧をしへしむ  十方の如来は衆生を  一子のごとく憐念す(浄土和讃) http://labo.wikidharma.org/index.php/浄土和讃#P--577 真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心の定まるとき往生また定まるなり。(御消息) http://labo.wikidharma.org/index.php/親鸞聖人御消息#.E6.9C.AB.E7.81.AF.E9.88.94.281.29
32:22
October 13, 2018
#010 「聞思して遅慮することなかれ」 これは、海のマグロに泳ぐのをやめろ!という ようなものではないかと思うのです。(タロウさんのコメントより)
タロウさんのコメントについて話をしました。 以下、ブログのコメントより −−−−−−−−− タロウ 2018/10/06 22:38 山も山さんこんにちは。 わざわざ記事にしてくださりありがとうございます。 >それは、なんとかなろうと聞いているときも同じです わからないのがここです。 これだと、 「なんともなろうとは思ってない聞き方」があると解釈 できてしまします。 ネットラジオNo4で山も山さんがお話になった、 「聞思して遅慮することなかれ。」っという ことなのだと思うのですが、心の性質上そんなこと が可能とは思えないのです。耳で聞いた情報は、耳に入ってき た瞬間に思いが(計らい事が)働き、自分勝手に解釈 してしまうようにでけていると思うのですよ。。 「聞思して遅慮することなかれ」 これは、海のマグロに泳ぐのをやめろ!という ようなものではないかと思うのです。 つまり、できっこないことをヤレ!と言われている 気分なのですよ。 気にする、注意する、思う・・っといったことは、 わりかしできますが、 ・思うな ・気にするな ・計らうな これは無理っぽいです。 ・思う必要がない ・気にする必要がない ・計らう必要は無い これが腑に落ちる縁に出会った時に初めて可能 になるのだろうとは思います。 聴聞というのは禅の公案みたいな ものなのかな?とは勝手に思っています。 聞いたまんまが信心です・・の、聞即信。 聞いたまんま、そうですね・・っと、 ならないのが煩悩の仕業であるとは 思ってます。 「必ず救う、我に任せよ」・・ これが、たとえおとぎ話であろうがなんだろうが、 本心から、 「ホントにそうなんだぁ!、なんてこったいウヒョー!!」 っと思い喜べたら、それは間違いなく素晴らしいことです。 頭がイカれた奴と思われても私は一向に構いません。 −−−−−−−−−
29:26
October 6, 2018
#009 今日こそは本願を聞いて救われるつもりで法座に足を運びますが、今日も駄目だったかと帰っている日が続いてます。
今回の頂いた質問 「法座に足を運ぶ時、今日こそは聞いて疑いない身になろうと思っています。しかし、法座が終わると今日も駄目だったかと肩を落として帰っています。こう言う状態がずっと続いていますが、どう聞いたらいいでしょうか」 不断光ということから話をしました。
28:18
September 29, 2018
#008本願を聞いて有難いとは思うものの、なかなかそうだなとは思えません。
今回は「本願を聞いても、有難いとは思うものの、なかなかそうだなと思えません。どう聞いたらいいのでしょうか?」について
18:17
September 23, 2018
#007 信心決定すると疑心あることなしとはどういう状態ですか?
メールで頂いた質問。 「信心決定すると疑心あることなしということですが、どういう状態が疑心あることなしなのかが、正直わかりません。」 について話をしました。
24:40
September 15, 2018
#006 仏願の生起本末のお話は、何度も聞かせて頂いているのですが、どこがちゃんと聞けていないのでしょうか?
ブログに頂いた、ぷろぐれすさんのコメントについて話をしました。 −−−−−−−−− http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20180906/1536221470#c1536313186 ●「南無阿弥陀仏と耳に聞こえているでしょう? 南無阿弥陀仏と口に称えられているでしょう? それが証拠です。 なぜ、証拠だとおっしゃっているのか、 それがわかりません。 仏願の生起本末のお話は、何度も聞かせて頂いているのですが、どこがちゃんと聞けていないのでしょうか?具体的にご指摘頂ければ幸いです。 −−−−−−−−− ・御一代記聞書より (9) 一 「他力の願行をひさしく身にたもちながら、よしなき自力の執心にほだされて、むなしく流転しけるなり」(安心決定鈔・末意)と候ふを、え存ぜず候ふよし申しあげ候ふところに、仰せに、ききわけてえ信ぜぬもののことなりと仰せられ候ひき。
28:34
September 8, 2018
#005 「地獄へ堕ちるのではと気になります」について。
「地獄へ堕ちるかよりも浄土往生を願う本願を聞いて下さいと聞きましたが、気になります」と頂いた質問について話をしました。 お知らせ  兵庫県西宮市での響流会さまの「にしのみや聞法会」で話をさせていただくことになりました。 http://kourukai.org/?p=331 −−−− 日時:9月22日(土) 講題:『お彼岸の由来。何をする日?』 時間:午後3時~午後4時半 (途中休憩) 場所:西宮市勤労会館3階 第 6会議室 (会場前に案内を出しております) −−−−−−−−
27:48
August 28, 2018
#004 本願に疑い晴れる方法はないけれど、聴き方の注意点はありますか?
田子さんからの質問についての話。http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20180815/1534315786#c1534754553 「各お寺で聴聞をさせていただいているのですが、なかなか阿弥陀仏の本願に対して疑いがはれません。どうすればはないとお聞きしますが、聴き方に対する注意点などありますでしょうか。よろしくお願いします。」 について話をしました。
25:06
August 21, 2018
#003「聞法すれば救われるというのは間違いとは思いますが?」について
2018/08/11のブログ記事 「ブログを読めば(聞法すれば)救われるというのは間違いのように思いますが、読まない方がいいとも思いません。身の置き場がないように感じますが、どのように受け取れば宜しいでしょうか?」(ぷろぐれすさんのコメントより) についての追加の話です。 関連記事 http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20180811
29:43
August 12, 2018
#002 仏教の難しい言葉はあまりわからないので、飛ばして読んでもいいでしょうか?
今回は、メールで頂いた質問。 「仏教の難しい言葉はあまりわからないので、ブログを読むときお聖教の言葉はほとんど飛ばして読んでいますが、これでいいでしょうか?」 について。
18:23
August 4, 2018
#001 音声版安心問答始めました
ブログで10年間続けて来た安心問答に、音声版を追加して作成して見ました。浄土真宗の教えや信心についての問答をしております。 今回は、メールで頂いた 「よくいつも阿弥陀仏は私に寄り添ってくれているという話がありますが、目に見ることができず、いったいどこにいるのだろうという気がいつもします。」 について話をしています。 関連記事 http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20180728/1532762423
23:59
July 29, 2018
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